推薦状
アメリカの大学院に留学する準備をしているときに、日本人にとってもっとも馴染みがなく、そして頭の痛い問題は、推薦状を提出することだろうと思います。推薦状というのは、例えば私の場合であれば、私についてよく知っている誰かにお願いして、私のことについて評価してもらい、それを英文で文書としてまとめてもらったものです。1通の推薦状を揃えるだけでも大変なのに、多くのアメリカの大学院の場合には、推薦状を3通提出しなければなりませんでした。私のことを良く知っている人を3人探さなければならないことを意味します。特に日本人の場合、他の人から推薦状を頼まれると、頼んだ本人に本文を書いてもらって、サインだけするといったようなことが多いように思います。しかし、普通自分のことを悪くは書かないので、そういう推薦状はあまり意味がなくなってしまいます。なので、たとえ悪く書かれようとも、お願いした人に書いていただいた方がいいと忠告されたことがあります。でも、日本人にとって、人に推薦状をお願いすることも、人からお願いされることもあまりないことだろうと思いますので、海外の大学や大学院に留学する場合に特有の、とても貴重な体験なのかもしれません。なので、日本人にとって推薦状が意味するものは、アメリカや西欧諸国の人々にとって推薦状が意味するものとは、多分異なるものなのかもしれません。これは文化や社会の違いといったことも大きく影響しているのだろうと思います。そうした意味で、たとえ3人のうちの1人であったとしても、アメリカ人や西欧諸国出身の人に推薦状を書いていただくことができるならば、お願いされることをお勧めしたいと思います。私は、語学留学していた時のアメリカ人の講師の先生にも推薦状を書いていただくようにお願いしました。状況を説明すれば、喜んで引き受けてくれると思いますので、チャレンジする価値はあると思います。
エッセイ
エッセイというと、清少納言や吉田兼好が書いたような随筆を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、要するに、なぜ自分がその大学院に入りたいのかを記述する、日本の大学受験の時の小論文的なものと言っていいと思います。私の場合、千葉大の大学院で研究していた殺虫剤抵抗性について、違う側面から研究したいという強い願望があったので、大学院でこういう研究がしたいということを、大まかに説明したと思います。それでも、アメリカの修士課程のエッセイとしては、トピックスとして少し狭過ぎだったように思います。というのは、TOEFLやGREについては要求されている点をクリアできているはずだったのですが、このテーマであれば、どこか他所をあたってみたらどうかというアドバイスとともに、リジェクト(拒否)されることが結構あったためです。私の場合には、こうしたいという強い希望があったので、それもやむを得なかったのだろうと思いますが、もしそれほど明確にやりたいことが決まっていないのであれば、もう少し一般的な希望を述べても良かったのかもしれません。できれば、行きたい大学院の先生とコンタクトをとって、いろいろと相談するのが望ましかったのだろうと思いますが、私の場合は、それ以前にGREやTOEFLの点数などの制約のために、進学できる可能性のある学校を探すことが先決だったので、なかなかそのような手続きを取ることはできませんでした。また、英語でのレポートやエッセイの書き方と言いますか、書式も日本のものとは異なっていると思いますので、できれば、アメリカや西欧諸国の友人や知人に自分が書いたエッセイを読んでもらって、批評してもらうといいと思います。